インドネシア田舎暮らし日記

結局、黄金バットはどこから来るのでしょうか。

人生の終い方(22日のNHKスペシャルを見ての感想)

  • 若者だって考えよう

昨夜のNHKスペシャルは、『人生の終い方』がテーマであった。

昨今、若者は就活、老人は終活らしいが、昨日のNHKでは、お墓や葬儀の準備といった終活ではなく、家族や友人に何を遺すか、どのように気持ちを伝えるかという話だった。

アラサ―は『死』などという辛気臭いこと考えるよりも、目の前にもっと大事なこととか、ハッピーな出来事あるんじゃないの?って言われそうだけど、そうではない。

 

『人生の終い方を考えるということは、どう生きていくかを考えることに他ならない』

番組で司会進行を務めていた桂歌丸師匠の言葉だ。

 

その通りだと思う。

その人が過ごした日々、持っていた想いが死に様となるのだろう。

 

  • 自分らしく生きることを貫き通すことの大切さ

番組で紹介された多くの人たちが、家族に感謝を伝え、家族との思い出を作り、たくさんの人に囲まれて亡くなっていった。

しかし、個人的には、癌であることを誰にも告げず、自室でひとり亡くなったという方が印象に残った。

もしかしたら、それは悲しいよねって言う人が多いかもしれないし、そういう死に方はしたくないって言う人すらいるのかもしれない。

それはそれで、至極当然な意見ではないだろうか。

 

ただ、番組で紹介されたその方にも、癌であることが分かったとき、またその後、何度も周囲にそのことを言うチャンスはあったと思う。

馬の飼育員かなにかをされていたようだし、兄弟もおられたようだったので、決して完全に孤独というわけではなかったからだ。

しかし、それでも、その方は自分だけで癌と戦い続けた。

一人暮らしをしていると、ただの風邪だとしても、ものすごく危機的状況に感じてしまい、周囲に助けを求めてしまう人もいるのではないだろうか(もちろん、なにがあるかは分からないから、それが間違っているとは思わないし、頼れるならば頼るべきだ)。

それが癌なんていうトンデモナイ病気ならば、なおさらだ。

これを周囲に悟られず、誰にも伝えずに生きていくということは、並大抵の覚悟ではできないことではないだろうか。

 

しかし、その方は決めた覚悟を、最期まで貫き通した。

偉そうな書き方になるが、見事だと思う。

 

まあ、これも番組で歌丸師匠が仰っていたが、『人生の終い方は十人十色』なのだ。

そういう人もいる、くらいで見るのが丁度良いのかもしれない。

人それぞれに終い方がある。そして、それはアタリ・ハズレでは語れないことなのだろう。

結局は、自分らしくってことが大切なのだと思う。

 

 

  • 『終い』がいつになるかは分からない。

昨年、アマ棋士の天野貴元が30歳で亡くなり、大好きだった声優の松来未祐が38歳で亡くなったのは衝撃だった。

自分も、例えば癌になり40を前にして死ぬという可能性が十分にあると感じたからだ。

番組でも35歳にして癌で亡くなった方が紹介されていた。

 

 交通事故に遭うとか、強盗が入ってきてとか、インドネシアにいるわけだからISISのような過激派組織に捕まってとか、そういうことが今日明日で起こらないとも限らない。

ただ、それはもう言わばお手上げなわけで、ものすごく後悔というか残念であることは間違いないけど、『終い方』というテーマにおいては諦めるしかないと考えている。

 

でも、次に健康診断へ行ったときに『あなたは癌です。余命は1年です。』って言われたとしたら、もちろんそれだってめちゃくちゃ残念に思うだろうし、むっちゃ短い時間になるけれども、1年くらいは自分でコントロールできるのだから、その時点で自分なりに何らかの『終い方』を目指すことはできるだろう。

 

だから、1年後くらいに死んじゃっても、ある程度は納得できるように生きていきたいなって。

それが現在の俺としての『どう生きていくか』である。

 

 

 

P.S.

それっぽく見出しつけてみたけど、こっぱずかしいし、なんか変だわ。

しかし、歌丸師匠は服を脱いだら骨と皮だけだったなあ。でも魂は燃えてましたね。